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病院の沿革

現在の盛岡市立病院は明治時代からあった市立の医療施設を統合してできた病院です。


明治28年盛岡市東中野万日(現鉈屋町)に盛岡市伝染病隔離舎が建設され、その後明治32年に盛岡市立伝染病院、大正15年に盛岡市民病院と改称し、昭和23年には市立結核療養所を併設しました。この施設は、もっぱら市立の伝染病病院として機能を果たしてきた施設でした。


一方、昭和4年盛岡市三田横町(現中央通)に内科、小児科など8科の診療科体制で市立の盛岡実費診療所が開設され、昭和5年には盛岡診療所、昭和23年には盛岡市立病院と改称され、現在の市立病院の前身となる施設となりました。


昭和23年から鉈屋町には盛岡市民病院、中央通りには盛岡市立病院があったのですが、昭和33年に盛岡市民病院が火災で病院の一部を焼失したことを契機に、昭和35年市立病院と市民病院を統合して鉈屋町に盛岡市立病院を開設しました。その後、この地で39年間公立病院としての使命を果たしてきました。


しかし、敷地建物の狭隘化・施設の老朽化などにより新時代に対応した医療体制を整えることが困難となり、6年あまりの事業期間を経て平成11年7月に本宮に新市立病院を開院しました。

市立病院の特徴と役割

(1)隣接町村を含め、診療圏内の二次医療を全般的にカバーし得る総合病院

(2)一般診療のほか感染症病棟、精神病棟を併設した公的役割をもつ医療機関

(3)消化器疾患内視鏡治療、糖尿病外来など特殊専門分野の診療と治療

(4)精神障害者の社会復帰に向けた治療と訓練(作業療法、運動療法、生活訓練、訪問看護など。)

(5)患者のやすらぎやプライバシーなどの療養環境に配慮し、基本は4人室。個室の確保(一般病棟の30%)

(6)電子カルテシステム、クリニカルパスなどの導入